【雑記】常にマイノリティであれ

ポケモンの対人戦において、

「誰も使っていないようなポケモンや、既存の枠に囚われない新しい型で勝ちたい」

という誰しもが一度は思い描くであろうワビサビが存在する。


僕らはWifiの海という現場で

そういった思考を持つ人間を日々目の当たりにしてきた。


だけど

なぜ僕らはポケモンで対人戦をするときに

マイナーなポケモン、既存に囚われない型を使うことに趣を感じるのだろう。


赤いゴーグルをしたS100の緑のドラゴンや

もふもふした唯一の王、

やたら目つきが悪い火の鳥

その他大勢のマイナーなポケモンたちに何か特別な感情を抱いてはいないだろうか?


S100の緑のドラゴンが

同じ地面・ドラゴンの紫色の主人公に、

その生まれ持ってのパラメータの差から

ありとあらゆるアイテムを持ってしても、いつも届かない

というその姿に、何かを重ねてはいないだろうか?


誰もが使わない既存に囚われない型を使うことによって

相手プレイヤーに自分のマイノリティ感を披露する

というその姿に、何かを重ねていないだろうか?



ひょっとして僕らは

弱いキャラクターが

そのパラメータ的ハンディを乗り越えて

勝利する姿が見たいのではないだろうか?


誰かに、

人とは違う自分を見てもらいたいのではないだろうか?




だが現実の我々は

いつからか、戦い方を忘れた人間のため


僕らはいつも隅で

その初期パラメータの低さ故、

別の誰かとのキャラ差を無意識の内に感じていて

現実という世界のゲームバランスに対して

何か抵抗したいと願っているのではないだろうか?


確かに、

人生はクソゲーなのかもしれないけれど


それは、誰にでもある判官贔屓なのかもしれないけれど。


だけど、

僕らはいつだって

弱い奴が強い奴に勝利するシーンに

心から拍手を送りたいと思っている。

「自分」を認められたい自分がいる。



そのハチマキは、強さの証

そのメガネは、知識の証

そのスカーフは、機敏さの証

大きなリュックに沢山の夢を詰めて

僕らは今日も現実という名の旅で出る。






さて、そろそろ きみのなまえを おしえてもらおう!